従業員51人以上で、パートを雇う会社へ。

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「106万円の壁」撤廃対応をAIで乗り切る設計術

|日出嶋有希子

「うちは大企業じゃないから、社会保険の話はまだ先だろう」 そう思っている経営者や労務担当者の方は、少なくないかもしれません。

しかし、従業員51人以上の会社でパート・アルバイトを雇用している場合、2026年10月からほぼ確実に対応が必要になります。しかも今回の改正は、労務だけでも経理だけでも完結しません。対象者の洗い出しから保険料の試算、給与計算への反映、本人への説明まで、両方の実務が同時に動くことになります。

この記事では、2026年10月の法改正で何が変わるのかを整理したうえで、AIに任せられる部分と、人が担うべき部分をどう切り分けて設計すればよいかを、実務目線でお伝えします。

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2026年10月、何が変わるのか

▼月額賃金要件が撤廃される仕組み

現在、従業員51人以上の会社(特定適用事業所)で働く短時間労働者が社会保険に加入する要件は、次の4つです。

・週の所定労働時間が20時間以上であること ・月額賃金が8.8万円以上(年収換算で約106万円以上)であること ・2カ月を超える雇用の見込みがあること ・学生でないこと

2026年10月以降、このうち「月額賃金8.8万円以上」の要件が撤廃されます。残る3つの要件を満たしていれば、月収の多寡にかかわらず社会保険への加入対象になります。いわゆる「106万円の壁」が、実質的になくなる形です。

▼どのくらいの規模の話なのか

この改正だけで、全国で新たに約200万人が社会保険の加入対象になると厚生労働省が試算しています。決して一部の大企業だけの話ではなく、パート・アルバイトを一定数雇用している会社であれば、対象者が発生する可能性が高い改正です。

▼対象は51人以上、ただし先の話でもない

今回の改正の対象は、従業員51人以上の会社です。ただし、企業規模の要件は今後も段階的に縮小される予定になっており、2027年10月には36人以上、その後も21人以上、11人以上と対象が広がっていく見通しが示されています。「今回は対象外」の会社にとっても、遠くない将来に同じ対応を迫られることになります。

なぜこの改正が経理・労務の両方を直撃するのか

この改正が厄介なのは、労務と経理、どちらか一方の業務では完結しない点です。

・対象になりそうなパート・アルバイトを洗い出す(労務) ・一人ひとりの労働契約の内容(所定労働時間・雇用見込み期間)を確認する(労務) ・新たに発生する社会保険料を試算する(経理) ・給与計算のシステムや設定を変更する(経理) ・本人に手取りの変化を説明し、意向を確認する(労務)

本来ならこれらは連続した一つの業務なのですが、多くの会社では担当が分かれています。しかも人数の少ない会社ほど、経理と労務を一人、あるいは少人数で兼務しているケースが多く、この改正の負荷がそのまま特定の担当者に集中しやすい構造になっています。

現場で起きがちな失敗

法改正対応でよく見られる失敗のパターンを、いくつか挙げます。

・対象者リストを手作業のExcelで作成し、雇用契約の内容確認が漏れて、対象者を見落とす ・保険料の試算に時間がかかり、本人への説明が改正直前になってしまう ・「手取りが減る」という説明だけが先に伝わり、退職や労働時間の調整希望につながる ・給与システムの設定変更が改正日に間に合わず、給与計算をやり直す事態になる

これらの多くは、「対象者の洗い出しと試算」という機械的にできる作業に時間を取られすぎて、本来もっと時間をかけるべき「本人への説明」がおろそかになることから起きています。

どう整理するか

私たちがこうした法改正対応を整理するときに意識しているのは、「AIに任せられる範囲」と「人が担うべき範囲」を、最初にはっきり分けておくことです。

▼AIに任せられる範囲

・雇用契約データをもとにした対象者候補の抽出
・一人ひとりの保険料負担額のシミュレーション
・従業員向け説明資料や通知文面のたたき台作成
・面談スケジュールの調整案の作成

これらは、ルールとデータさえ整理されていれば、AIが精度高く処理できる領域です。手作業で行うと時間がかかるうえにミスも起きやすい部分なので、ここをAIに任せることで、担当者の負荷を大きく減らせます。

▼人が担うべき範囲

・対象者一人ひとりの個別事情のヒアリング(扶養控除の希望、働き方の希望など)
・手取り減少に対する不安への対応
・就業規則の改定や社内制度の最終判断 ・AIが出した試算結果の妥当性の確認

保険料の数字自体はAIが正確に出せますが、「この人にとって、この変化がどういう意味を持つか」を受け止め、納得してもらうプロセスは、人にしか担えません。ここを省略すると、法改正対応が制度上は正しくても、現場の納得感を欠いた対応になってしまいます。

AIで乗り切るための進め方

実際に進める際は、次のような順番を意識すると、混乱を避けやすくなります。

1.現状の雇用契約データを棚卸しする
まず、パート・アルバイト全員の労働契約書を確認し、所定労働時間・雇用見込み期間・学生かどうかをデータとして整理します。ここが曖昧なままだと、AIによる抽出の精度も落ちてしまいます。

2.AIで対象者候補を抽出し、保険料負担を試算する
整理したデータをもとに、AIエージェントやツールを使って対象者候補を抽出し、一人ひとりの保険料負担額を試算します。人手で行うと数日かかる作業も、データさえ整っていれば大幅に時間を短縮できます。

3.従業員向け説明資料と面談の下準備をAIに任せる
説明資料のたたき台や、面談で使うトークスクリプトの案をAIに作成させ、労務担当者はその内容を確認・調整したうえで、実際の説明・面談に時間を使います。

4.2027年以降の規模拡大も見据えた運用ルールにしておく
今回の対応を「一度きりの作業」として終わらせず、対象者抽出から説明までの一連の流れを、次の規模拡大(36人以上への拡大など)でもそのまま使える仕組みとして残しておくと、次の改正対応がぐっと楽になります。

注意点・失敗しやすいポイント

・AIが出した試算結果を、そのまま従業員に渡さないようにしてください。数字の背景にある個別事情を確認したうえで、人の言葉で説明することが欠かせません。
・就業規則や36協定など、労務側の書類整備を後回しにしないようにしてください。給与計算の変更ばかりに気を取られると、制度面の整備が漏れやすくなります。
・AIに任せる範囲を決めないまま導入すると、かえって確認作業が増えてしまうことがあります。「どこまで任せるか」を先に決めておくことが、遠回りに見えて一番の近道です。

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まとめ

「106万円の壁」の撤廃は、単なる制度変更ではなく、経理と労務がまたがる実務を、短期間でどう回すかという設計の問題です。対象者の洗い出しや保険料の試算といった機械的な作業はAIに任せ、従業員一人ひとりへの説明や判断は人が担う。この役割分担を先に決めておくことが、担当者の負担を減らしながら、従業員の納得感も保つための鍵になります。

今回の対応をきっかけに、自社の雇用契約データが「対象者を機械的に抽出できる状態」になっているか、一度確認してみることをおすすめします。もし「どこまでAIに任せられるか分からない」「まず何から手をつければよいか整理したい」という場合は、現状の業務整理からご相談いただけます。

※本記事の制度内容は2026年7月時点の公開情報にもとづく一般的な解説です。実際の対応にあたっては、貴社の状況に応じて社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

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