AIに暗黙知を「渡せる会社」と「渡せない会社」―トヨタとフォードが示した分かれ目

AIに暗黙知を「渡せる会社」と「渡せない会社」―トヨタとフォードが示した分かれ目

|佐藤明日美

AIを導入したのに、思ったような成果が出ない。そんな声をよく聞きます。

その原因は、モデルの性能やツールの選び方ではないことが多いように感じます。
本当の分かれ目は、「その会社が長年かけて積み上げてきた知見を、AIに渡せる状態にしているかどうか」。ここにあります。

2026年6月、その分かれ目をはっきり示す事例が、奇しくも同じ週に2つ報じられました。品質管理AIの開発を進めるトヨタ自動車と、品質問題からの復活を果たしたフォードです。

どちらも自動車メーカーの大きな話に見えますが、私たちが日々中小企業の現場で向き合っている課題と、根っこは同じでした。


人間には読めても、AIには「物語」が見えない

まずトヨタの話から。

 トヨタの品質管理AI「Qubee」が示すAI導入の本質。ベテランの暗黙知を「組織の資産」に変える試み Business Insider Japan)

同社は車両の品質管理を支える文書管理に生成AIを活用する「Qubee(キュービー)」の開発を進めています。狙いは、膨大な開発エビデンスの検索や監査対応を効率化することです。

その量はすさまじく、車1台の開発はおよそ4000の部品グループからなり、それぞれが約40種類の開発エビデンスを積み上げていくといいます。内部文書まで含めれば、対象は数千、数万に膨らむ。
人がすべてを把握し、必要な一枚にたどり着くのは現実的ではありません。

ただ、難しいのは量だけではありませんでした。
記事によると、トヨタの担当者は、人間が読みやすいように文脈の説明や画像を多く盛り込んだ設計文書ほど、AIにはその筋立て=「物語」が伝わらない、ということがわかってきたと語っています。

ここが見落とされがちな点です。
人に最適化された文書は、そのままではAIに読めない。だから、AIが扱える形に整え直すことが最初の一歩になる。
これは、文書を持っていることと、AIに渡せることは別だという話です。


ベテランの判断をAIに「手本」として渡す

では、どうAIに渡すのか。

開発にあたり、まず「文書をどう分類するか」という工程に課題がありました。
単純なルールで自動分類するとデータの多様性や曖昧さに対応できず誤りが出やすい。かといってベテランやエビデンス作成者が分類すると、結局その人に依存してしまう。どちらにも欠点があります。

そこでトヨタが試しているのが、「この文書は他と何が違うのか」をAIに学ばせる方法です。
記事によれば、1つのエビデンスにつき2〜5件ほどの手本を学習させ、学習に使っていない数百件のファイルを分類させたところ、検証した範囲では正しく分類できたといいます。

これはつまり、ベテランが頭の中で行っていた「この書類はこういう種類だ」という分類の判断を、少数の手本としてAIに渡しているということです。
属人化していた暗黙知を、組織が使える形に置き換えていく試みだと言えます。

トヨタの担当者は、AIの活用は文書管理の構造化で決まる、とも語っています。文書をAIが読める形に整理し直すこと自体が、暗黙知をAIに渡すための準備なのです。


フォードが認めた、AIだけでは足りなかった理由

一方のフォードは、ここから学べることがより切実です。

同社は2026年6月、JDパワーの初期品質調査で量販ブランドのトップに立ち、総合でも3位に躍進しました。3年前は主要メーカー25社中15位だったといいますから、見事な復活です。

 フォード、品質問題の改善にはAIだけでは不十分だったと説明。ベテランエンジニアの活用が鍵に(Business Insider Japan)

注目したいのは、その立役者です。記事によると、フォードは品質問題を解決するために、300人規模の経験豊富な技術者を呼び戻しました。
彼らは日々の生産スケジュールから外れ、社内の監査役のような立場で毎週の設計レビューを主導し、部品が生産ラインに乗る前に不具合の芽を見つけ出す役割を担ったといいます。あわせて若手の育成や、フォードが使うAI・自動化ツールそのものの改善にも貢献しました。

そして幹部は、驚くべきことに「AIと自動化だけでは、品質を高めるには十分ではなかった」と率直に認めています。
担当副社長は、AIの性能は学習に使う情報の質しだいであって、AIを入れて手元の設計要件を取り込ませれば高品質な製品ができると考えていたのは誤りだった、という趣旨を語っています。
最高執行責任者も、自動化された品質管理に頼るほど望む結果が得られなくなり、ベテランを呼び戻したことが品質改善の中心にあったと述べています。

なぜAIと自動化だけでは足りなかったのかというと、記事によれば、フォードはここ数年、最も経験豊富なエンジニアの知見を引き継ぎ、蓄積する取り組みが十分ではなかった。一部のベテランは、その専門知識が会社のシステムに組み込まれる前に退社していた、というのです。

AIに渡すべき知見が、渡す前に失われていた。だからAIに学ばせる原資が足りず、人を集め直すことになった。これがフォードの構図です。


分かれ目は「AIに知見を渡せる状態にあるか」

トヨタとフォード、入り口は違いますが、たどり着いた結論は同じです。

AIは、人が積み上げてきた知見を増幅する装置です。
原資となる知見が組織の中に整理された形で存在していれば、AIはそれを生かせる。けれど原資がなければ、汎用的な、当たり障りのない答えしか返ってこない。

そう考えると、AI活用の成否を分けるのは、次の一点に集約されます。

ベテランの暗黙知が、まだ組織の中にあり、しかもそれを外に取り出して構造化する仕組みを持っているか。
それとも、知見が個人の頭の中にあるまま、その人が抜けると同時に消えていくか。

前者が「AIに知見を渡せる会社」、後者が「渡せない会社」です。両社の事例は、その分かれ目をくっきりと示しています。


暗黙知は隠れているのではなく、気づかれていないだけかもしれない

ここまで大企業の話をしてきましたが、実は同じことを私自身も経験したことがあります。

私は普段、クライアント企業の採用担当として、応募書類の一次スクリーニングを担当しています。担当部署に書類選考を引き継ぐ前に、まず自分の目で見て、合うか合わないかを判断する。
もう何年もやってきたことなので、迷わずできます。ですが、その基準を言葉にしてくださいと言われたら、すぐに答えられるでしょうか。

実際、自分のこの判断をAIに渡せる形にしようとしたとき、AIに最初に聞かれたのは「評価基準を教えてください」ではなく、「応募書類を開いた最初の3秒で、何を見ていますか?」という質問でした。

正直、戸惑いました。基準なんて意識したことがなかったからです。
ですが、よく考えてみると「資料の見やすさ」「誤字脱字の有無」「専門外の人が読んでも伝わる構成になっているか」という、自分でも意外なほど具体的な言葉が出てきました。
さらに聞かれるうちに、自分がそれを「読み手への配慮ができているか、自分を客観視できているか」を見るための手がかりとして使っていたこと、そして書類を見る前の時点で「このポジションなら丁寧さが必要か」「この組織なら他部署との連携が多いか」といった前提を無意識に呼び出していたことにも気づきました。

これは、隠していたわけでも、言語化をサボっていたわけでもありません。聞かれるまで、自分でもそれを判断基準として認識していなかったのです。トヨタの担当者が「AIには文書の“ストーリー”が見えない」と語っていたのと、根っこは同じだと思います。

人間にとって当たり前すぎることは、本人にとってもいちいち言葉にする対象になっていない。だからこそ、AIに知見を渡そうとして初めて、自分が何を持っているかがわかるのです。


中小企業のほうが、むしろ時間がない

こうした経験もあって余計に思うのですが、中小企業にこそ、この話は重く響きます。

中小企業には、大企業にはない強みがあります。ベテランがすぐそこにいて、本人に直接聞ける。組織が小さいぶん、知見の在り処もわかりやすい。

ですが、リスクも表裏一体です。その知見を担っているのが一人だった場合、その人が辞めれば、ノウハウは一発で消えます。そしてフォードのように、失われた知見を埋めるために300人規模を雇い直す、という体力はありません。

だからこそ、社員が持っている知見や暗黙知を言語化し、誰でも参照できる形で残しておくことが、AI活用以前の前提になります。
具体的には、

  • 誰の頭の中に何があるのかを洗い出す(業務の棚卸し)

  • 「最初に何を見ているか」「なぜその順番でやるのか」を本人に聞き、判断の基準を引き出す(暗黙知の言語化)

  • AIや仕組みが扱える形に整える(構造化)

私自身がそうだったように、この2番目のステップは、本人に任せるだけでは進みません。的確な問いを立てて、聞き出す作業が要ります。
この順番を踏まずにツールだけを導入しても、トヨタの言う「物語の読めない文書」と同じことが起きます。


AIに渡す前に整える

私たちMMOLが支援しているのは、まさにこの「AIに渡せる状態をつくる」部分です。
業務を棚卸しし、人が担うべき仕事とAIや仕組みに任せられる仕事を切り分け、現場に根づく形まで伴走する。AIを入れること自体が目的ではありません。

トヨタもフォードも、最後にたどり着いたのは、AIは人を置き換える道具ではなく、人が積み上げてきたものを未来に残し、生かすための手段だ、ということでした。

変えるべき部分と、残すべき部分を見極める。そのうえで、消えてしまう前に、人の知見を組織の資産に変えていく。
私自身、聞かれるまで自分の判断基準に気づけなかった経験があるからこそ、これは大企業だけの課題ではなく、むしろ少人数で回している会社ほど、今考えておくべきことだと思います。


MMOLでは、業務の棚卸しから、暗黙知の言語化、AIや仕組みに渡せる形への構造化まで、一気通貫で支援しています。

「うちのノウハウは、AIに渡せる状態にあるだろうか」。
そう感じた方は、一度お話をお聞かせください。何を変え、何を残すべきかを、現場を見ながら一緒に見極めるところから始めます。

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